REPORTレポート

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中国・敦煌市からレポートが届きました⑩

シルクロードの遺構 —敦煌両関の余韻を味わう

【陽関】は古代中国の対外陸上交通の要地であり、シルクロードから南へ向かう際に必ず通過する関所です。
 甘粛省敦煌市の南西にある古董灘(ことうたん)の付近に設けられました。前漢時代に設置され、玉門関の南(陽)に位置することから「陽関」と称され、北の玉門関とともに当時の西域に通じる交通の要衝をなしました。

 宋代以降、西側との陸上交通が次第に衰退したため、関所は廃止されました。

 古代の関所だった陽関は荒涼とした砂漠の中に立ち、「一夫関にあたるや万夫も開くなし」と言われた険要な地を現在も占拠しています。

【玉門関】
 漢の武帝が西域への道を開き、河西四郡を設置した際に初めて建設され、西域からの玉(ぎょく)を中国に輸送する際に通過する関門であったことに由来して名づけられました。旧跡は現在の甘粛省敦煌市の北西に位置する小方盤城にあります。

 玉門関遺跡は河西回廊の最西端、疎勒河の南岸に位置しており、敦煌市街地から約90キロ、西のロブノールまで約150キロの四方をゴビ砂漠に囲まれた場所にあります。

 遺跡エリアは東の倉亭燧から西の顕明燧へ、また南の南三墩に至り、中心部は小方盤城跡を中心に南北幅0.5キロ、東西45キロの直線状に分布しています。

 城跡2基、烽燧20基と長城遺跡18段が現存しており、そのうち、小方盤城跡、大方盤城跡と当谷燧周辺の漢代長城遺跡が観光客に開放されています。ここでは、ラクダの鈴が悠々と鳴り響き、人々の喧騒や、馬の嘶き、商隊が絶えず、多くの使者が行き来する、在りし日の玉門関の光景が想像できます。

 今となっては、城壁の廃墟が砂漠の荒涼とした風景とあいまって、思わず寂しい気持ちになってしまいます。

【陽関・玉門関】
 1つは南に、1つは北に。東西に名を知られ、古今を結びつける。両関を出れば果て無く広がるゴビ砂漠に足を踏み入れることになります。

 両関とも「シルクロード」の重要な関所です。シルクロードの敦煌区間の軍事的要所であるとともに、道中の宿場でもあり、西域へ通じ、アジアとヨーロッパを繋ぐ重要な玄関口でした。敦煌を出るには必ずどちらかを通らなければなりませんでした。

 敦煌の歴史ついてもっと知りたいとお考えの方は、ぜひ両関に足を運んでいただき、その余韻を味わいながら歳月の流れを体験してください。

提供:敦煌市文化・スポーツ・放送・テレビ・観光局
宣伝和節会
2022年1月12日

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